猫がいる生活を夢見る男子。

地球の裏側で暮らす友人と久方ぶりにメッセで会話した。
元気らしい。よかった。よかったが、今の暮らしぶりを聞いてオレはもんどりを打った。
二人と一匹で暮らすという、オレの夢を手にしているという。
あ、以下はフィクションです。
うらやましくて。もううらやましくて。
 
 
「おあー」
 
バカな奴め。
何もあんなことであんなに怒ることはないのだ。
喧嘩のきっかけなんて思い出すのも腹立たしい。ひとまず忘れよう。この津波たる苛立ちをさざ波程度まで落ち着けよう。俺まで興奮してしまってどうするというのだ。あいつが悪いのは決然たる事実であるのに。
昂ぶった気持ちを消化しようと、二人掛けのソファに一人座り紫煙をくゆらせていると、視界の外れで猫がてくてくと歩いていくのが映った。
 
「おあー」
 
が、再び思考に戻る。俺にもまぁ少しは非があった。だが彼女の方が非があった。1:9で非があった。もしこの話題を行列に持って行ったら北村弁護士も丸山弁護士も俺に味方するのは火を見るより明らかである。橋本はTVに映るのが何よりの好物なようであるからどうなるかわからないが。
 
「おあー」
「うるさいぞアスタルエゴ。」
 
猫皿の前で立ち止まる猫に俺は言った。
 
「じゃかしいわボケ。貴様らの仲がどうなろうと知ったことではないが、わしの飯を絶やす事勿れ。貴様らの庇護に甘んじてやっているのだから最低限の施しはしてもらおう。」
 
「くっ、わかったよ…。」
 
かぶりを振りつつも俺は煙草を消して立ち上がり、冷蔵庫から冷や飯を、キッチン棚から鰹節を取り出す。どちらも彼女が用意していたもので、彼の猫にご飯をやるのも例外なく彼女だった。しかし俺でもねこまんまぐらい作れる。適当に振りかけ彼の眼前の皿に盛ってやる。
彼は鼻を近づけくんくんし、不意にギロリと俺を睨み付ける。
 
「まるで駄目だな。ふざけるなよ、おい。」
「何をう!と言うかお前、そんなに食にうるさい奴だったのか。」
「ふん。あの娘のブレンドは絶品だったよ。ただの鰹節と冷や飯なのに旬に獲れた秋刀魚の味がするという。」
「そんなわけがあるか。いいからギャル曽根みたいにものすごい勢いでかっ食らえ。」
「貴様、そねねを侮辱する気か。彼女もわしも美食家であるぞ。いいから美味い飯を食わせるのだ。」
 
俺を睨み続けているアスタルエゴ。はて一体彼のご飯はどうしたらいいのだろうと思案を巡らせていると、彼の視線がふと俺から外れ一点に集中したのがわかった。なんとなくそれに習う。
 
「…アイリーン。」
 
泣き腫らした目の彼女がいた。
 
「エゴちゃんの、ご飯、あげなきゃと思って。」
「娘、いい加減その呼び方はよしてくれまいか。わしが身勝手な猫みたいではないか。そもそも切る所がだなぁ」
「はいはい、ちょっと待っててね。」
 
彼女は猫皿を取り上げ、俺が飯台に出しておいた鰹節でブレンドを始めた。
俺は彼女の後姿を見て立ち尽くしていたものの、思い出したように話しかける。
 
「なぁ、アイリーン。」
「鈴木ちゃん…。」
「ふん、夫婦喧嘩は猫も食わないことを覚えておくんだな。」
『うるさい。』
「おあー」
 
二人で一喝するとアスタルエゴは気まずそうに毛繕いを始めた。
何故だかその時俺は嬉しくなっていて、怒りは波の形すら留めてはいなかった。
 
「すまなかったアイリーン。俺が9:1で悪かったよ。」
「す、鈴木ちゃんはそんなに悪くないよ。6:4で私のが悪かったよ。」
 
少しの間、二人は見つめ合い、どちらからともなく吹きだした。
 
「ふふ…ははは。」
「うふふ、あはははっ。」
「なぁ秋刀魚の味ってどうやって出すんだ?」
「鈴木ちゃんにはまだ早いよ。」
「そうだ、お前にはまだ早い!」
『うるさい。』
 
「ぉぁー…」
 
 
<了>